筋斗雲 | long island sound

筋斗雲

昨夜はうまく眠れなかったせいか、今朝は眠い顔をしていたそうだ。シャワールームを使うべく廊下で待ちながら新入りの留学生と立ち話をしていたらそう指摘されたが、別に眠くはなかった。

「ところで授業はいつからなの?」と俺は訊いてみた。初級日本語の授業は大体1限に行われているというのに、彼はシャワーを浴びる為に並んで待っているのだ。

「9時から」

やはりそうだった。上智までは電車で相当な時間がかかるし、朝の通学は特別にきつい。とてものんきにシャワーを浴びていられるような状況じゃない。

「じゃ、先に浴びてて。俺のは11時からだし、別に急いでないから」と、部屋に戻ろうとした。全く急いでいなかったし、廊下で突っ立って待つのが嫌いだし。


そして革命が起こった。


なんと、俺の前に順番を待っていた人が留学生に優先権を譲ったのだ。「いや、俺も11時だから」と言って。それが耳に入ったのはもう階段を登っていたところだったが、さすがに参った。やれやれ。先月までお互いに話し合いもしなかったのに、今はとうとう親切さのようなものが姿を見せてしまった。これは凄いと感心した。そして思った。新しく入ってきた人々はここの正体に気付く前に俺は色んなことをやるべきではあるまいか、と。俺が番を譲ったら他の人もそれに倣う。なら今度はお酒やつまみを持って赤の他人の部屋を訪れ、世間話をしよう。そうすれば「ああ、なるほど、ここはそういうところなのだ」と皆は思うかもしれない。「僕も頑張んなくっちゃ!」と思うかもしれない。そして今度は俺の部屋に来る。右手にウィスキー、左手にミックスナッツ。美しき友情の始まりだ。


今日は数学I・aと入門毒物学という2つの授業だった。今学期は随分適当にやっているよな、と我ながら思った。


入門毒物学?!


数学の授業で文芸部の先輩と鉢合わせした。俺はもう殆ど部活に顔を出さないが、その理由の一つはこの人が4年生になっていなくなってしまったからだ。凄くいい人なのに。去年一度一緒に飲みに行ったが、もうこれ以上盛り上がれまいというところまで二人でわいわい盛り上がった。確かドラゴンボールの話をしていた。キントーウン!!


数学の教授はたまらなく好きだ。先生が挨拶と講義の説明をしていたとき先輩が隣に「この人頑張ってるな~」と呟いた。確かになかなかのキャラクターだ。首を奇妙な角度に傾げながら色んな音を出したりする。どうやら表現の仕方が豊富なのだ。そして1時間十回ぐらい「あっ、間違えた」と不吉な発言をして、黒板消しを容赦なく振り回して、俺のノートを滅茶苦茶にする。最初の何回かおかしくて笑わざるにいられなかったが、ある時点でこれはもう笑い事じゃないと分かった。「書きながら話すとどうやらいつも一方を間違えてしもう。」やはりこの人は凄い。


次の授業まで昼食を済ませ、図書館で勉強した。図書館で勉強をするのはなかなかいいものだ。スピード感(?)があって、結構楽しい。そして3時になったら入門毒物学に行ってみた。


入門毒物学?!


講義室に着いたとき、15分ぐらい早かったのに人がぎっしり詰まっていて、座る場所は殆どなかった。とにかく後ろの方に座って待ってみたが、時間が経つにつれこれは本当に入門毒物学かどうかが心配になった。人が絶え間なく流れ込んできて、座る場所が完全になくなり、入ってくる人は壁際に立ち、床にしゃがみ始めた。教授が入ってきて、ドアを閉めるように指示したがそれは最早不可能だった。150人以上の学生が教室に入り切れなくて廊下で立って講義を聞いていた。200人もいるじゃないかと推察した。それからもう一度シラバスを確かめてみた。場所や時間は合っている。それは間違いなく入門毒物学の授業だった。


入門毒物学?!


そう、入門毒物学。200人の若者が酷く混んでいる教室を漂う蒸し暑さに耐えながら、教授が講義を始めるのを待ちわびている。私は毒物学を知りたい!!という渇望を抱いて。