long island sound -5ページ目

raging oedipus

道路に沿ってサイクリングをしながら、時々自転車を停めて写真を撮っていた。というか、実際にそうしていたかどうかは不明だが、とにかく夢の中ではそれは確実な記憶として頭の中で定着していた。曲がりくねった道路は左右に緩やかな弧を描きながら港まで続き、そこで大きな橋梁になっていた。橋は急な坂道でずっと高いところまでのぼっていたが、岸から数メートル離れたところまでしか続いていない。どうやら工事中らしくて、その隣に巨大なクレーンが聳え立っている。


そこまでは何ともない、ごく普通の光景であるが、これからはちょっとへんてこで、うまく説明できるかどうかが分からない。


大抵のデジカメがそうであるように、俺のカメラには画面がついていて、撮った写真を再生して見ることができる。それで自慢じゃないけど、俺のカメラは再生するのがやたらに早くて、スクロールボタンを押し続けたらソニックブームが出てきそうな速度で写真を次から次へと画面に映していく。沢山写真がメモリーに入っていると、まるで映画を見ているように錯覚する。


さて、夢の話に戻るけど、気がついたら俺は何らかの理由で宙に浮いていた椅子に座っている。結構な高度だし、椅子が狭いし、少し怖い。でも恐怖に囚われているという訳ではない。死なないように気をつけよう、とのんきに思って椅子の両側に掴まっているだけだ。そしてものすごいスピードで椅子は俺の撮った写真に写っていた光景を、まるでカメラの再生機能がそうするように、順に辿って飛び出す。揺れが激しく、危なっかしくて死ぬかと思った。背景にニュース中継が聞こえるが、何を言っているのかさっぱり分からない。ジェットコースターみたいに道路の上を飛んで、港まで飛んで、クレーンの上まで飛ぶ。そこまで飛んで、橋を海の上から見ながら、椅子は急に落下し始める。でも単に落ちているということではない。今度はその凄まじいスピードで海底をめがけて加速しているのだ。ニュース中継のアナウンサーの言っていることが少しだけ聞き取れる。「…plunged to a depth of 20,000 feet…」とても不吉な予感がする。俺は海面を突破して、底へと引きずられていく。強烈な圧力が身体を内側から破裂させる。鼻やら口やら目から血が吹き飛んで、目の前に濁った海水に滲むのを見ながら、俺はすごく不安になった。駄目だ、まだ死んじゃいけない、やることがまだあるんだと心の中で叫ぶ。でももう遅い。視界が暗んでいき、死がもうすぐそばに来ているのを実感する。そして諦めがつく。まあいいや、死んでしまえば悔しがることだってできやしないからな、と。そして限りない暗闇が視界を被って、思考が停止する。落下し始めてから3, 4秒後で全てが終わった。


次の瞬間に目が覚めた。ベッドの中で仰向けになっていた。俺にとっては大変珍しい姿勢であった。暫くそのまま天井を眺め続けた。感想が二つ。一つ、やることって一体何のことだったのか、どうしても思い出せなくて、気になる。二つ、椅子を離せばよかったのに。


考えてみたら3秒にしては実にいろんなことについて考えていたな。それに、実際に死んだこともなければ誰かが死ぬのを見たこともないのに、よくあんなにリアルな夢が見られるものだ。


朝御飯を食べて、シャワーを浴びて、1時間ほど勉強してから授業に出かけた。駅に行く前に近くの神社に寄ってみた。死んでしまえば何もかもが終わっちまう儚い人生なんだから、適当にやって、アメリカに帰ってまる1年間じっくり休もうじゃないか、と歩きながらずっと考えていた。とても説得力のある提案だ。死ぬ前にやらなきゃいけないことって別にないし、俺の兄弟だって皆家でぐずぐずしているから俺もそうやって両親に甘えてもいいはずだし、LIで暮らしていた時はとても幸せだったし。


でも授業に行ってから事態が一変した。今日は理工学部の1年生の学生を対象に行われる化学の授業だった。それがもう面白くて楽しくて、人生は無意味だなんて言わせまいといわんばかりにパワフルな講義だった。入念に作られたスライドに記号がずらっと並んでいて、「今は理解しなくても結構ですので」と先生が何回も言いながら説明していく。「1ヵ月後はこのような計算が簡単にできるようになっていただきます」努力が報われる素敵な世界だった。「これが理解できなくて大丈夫ですから」それに熱力学の法則を大学や資本主義社会に例えたりする。冗談はどれも笑えない酷い代物だが、それが却ってとても魅力的に感じる。「とにかくノートに書いてください。今は分からなくてもいいんです」


授業が終わってから電車に乗って帰った。ファミレスに行って昼食を食べ、寮に帰って、トイレに行った。そして排泄行為を行った。排泄行為。

筋斗雲

昨夜はうまく眠れなかったせいか、今朝は眠い顔をしていたそうだ。シャワールームを使うべく廊下で待ちながら新入りの留学生と立ち話をしていたらそう指摘されたが、別に眠くはなかった。

「ところで授業はいつからなの?」と俺は訊いてみた。初級日本語の授業は大体1限に行われているというのに、彼はシャワーを浴びる為に並んで待っているのだ。

「9時から」

やはりそうだった。上智までは電車で相当な時間がかかるし、朝の通学は特別にきつい。とてものんきにシャワーを浴びていられるような状況じゃない。

「じゃ、先に浴びてて。俺のは11時からだし、別に急いでないから」と、部屋に戻ろうとした。全く急いでいなかったし、廊下で突っ立って待つのが嫌いだし。


そして革命が起こった。


なんと、俺の前に順番を待っていた人が留学生に優先権を譲ったのだ。「いや、俺も11時だから」と言って。それが耳に入ったのはもう階段を登っていたところだったが、さすがに参った。やれやれ。先月までお互いに話し合いもしなかったのに、今はとうとう親切さのようなものが姿を見せてしまった。これは凄いと感心した。そして思った。新しく入ってきた人々はここの正体に気付く前に俺は色んなことをやるべきではあるまいか、と。俺が番を譲ったら他の人もそれに倣う。なら今度はお酒やつまみを持って赤の他人の部屋を訪れ、世間話をしよう。そうすれば「ああ、なるほど、ここはそういうところなのだ」と皆は思うかもしれない。「僕も頑張んなくっちゃ!」と思うかもしれない。そして今度は俺の部屋に来る。右手にウィスキー、左手にミックスナッツ。美しき友情の始まりだ。


今日は数学I・aと入門毒物学という2つの授業だった。今学期は随分適当にやっているよな、と我ながら思った。


入門毒物学?!


数学の授業で文芸部の先輩と鉢合わせした。俺はもう殆ど部活に顔を出さないが、その理由の一つはこの人が4年生になっていなくなってしまったからだ。凄くいい人なのに。去年一度一緒に飲みに行ったが、もうこれ以上盛り上がれまいというところまで二人でわいわい盛り上がった。確かドラゴンボールの話をしていた。キントーウン!!


数学の教授はたまらなく好きだ。先生が挨拶と講義の説明をしていたとき先輩が隣に「この人頑張ってるな~」と呟いた。確かになかなかのキャラクターだ。首を奇妙な角度に傾げながら色んな音を出したりする。どうやら表現の仕方が豊富なのだ。そして1時間十回ぐらい「あっ、間違えた」と不吉な発言をして、黒板消しを容赦なく振り回して、俺のノートを滅茶苦茶にする。最初の何回かおかしくて笑わざるにいられなかったが、ある時点でこれはもう笑い事じゃないと分かった。「書きながら話すとどうやらいつも一方を間違えてしもう。」やはりこの人は凄い。


次の授業まで昼食を済ませ、図書館で勉強した。図書館で勉強をするのはなかなかいいものだ。スピード感(?)があって、結構楽しい。そして3時になったら入門毒物学に行ってみた。


入門毒物学?!


講義室に着いたとき、15分ぐらい早かったのに人がぎっしり詰まっていて、座る場所は殆どなかった。とにかく後ろの方に座って待ってみたが、時間が経つにつれこれは本当に入門毒物学かどうかが心配になった。人が絶え間なく流れ込んできて、座る場所が完全になくなり、入ってくる人は壁際に立ち、床にしゃがみ始めた。教授が入ってきて、ドアを閉めるように指示したがそれは最早不可能だった。150人以上の学生が教室に入り切れなくて廊下で立って講義を聞いていた。200人もいるじゃないかと推察した。それからもう一度シラバスを確かめてみた。場所や時間は合っている。それは間違いなく入門毒物学の授業だった。


入門毒物学?!


そう、入門毒物学。200人の若者が酷く混んでいる教室を漂う蒸し暑さに耐えながら、教授が講義を始めるのを待ちわびている。私は毒物学を知りたい!!という渇望を抱いて。

旅路

明日上智での授業が始まる。先週遥々海を越え、色んな国々から寮にやってきた留学生は皆緊張しているんだろうなと思いきや、娯楽室を覗いてみれば皆映画を見ている。俺の部屋はすぐそばだから、これを書きながら頻繁に爆笑が聞こえる。


今年の留学生は皆いい人だな。娯楽室なんて、前は殆ど使われなかったのに、今は毎日のようにお酒と人で溢れていて、結構盛り上がる。或る日、食堂で黙々と夕飯を食べていたところを、一人の留学生が同じテーブルに座って話しかけてくれた。すっかり感心してしまった。それってそんなに凄いのかと思われるかもしれないが、正に前例のないことだと理解していただきたい。これで何ヶ月もこの寮に住んでいるのに、食堂で話し声を聞いたのは僅かの数回しかないのだ。新しく入った留学生はそんなことを知る術がなかろうが、こんなに易々と話しかけることができる人はやはり凄い。もっと早く来てくれたらよかったのに。


日本に来たばかりの人と話していると不思議な気持ちになる。皆これからの留学を楽しみにしているのに、俺はここにいることが何よりも嫌いだ。ガス栓を抜いて冷蔵庫の電源を切る為に生きているだけだ。新しく来た人は上野だの原宿だの、毎日色々な所に行くのに、俺は電車に乗ると行き先は大体決まっている。新しい所に行かないし、行きたいと思わない。これからの勉強に励むことが楽しみらしくて、普通の会話で日本語を使おうとする人もいる。それに対して俺は…云々。


最近は日本の大学に入れなかったらこれからはどうするか、よく考えている。とても大きな可能性だから、やはり考えざるを得まい。

社長の背中


3.31 やつ、紺のスーツを着やがった。見難い!


思い切って愚痴しよう。


5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を買ってきて、それを食ってからすぐに勉強し始めた。3時間後、1時間ほど散歩してきて、それからまた勉強に取り組んだ。いい調子だったので今度は4時間半、午後の2時半までやってみた。そしてまた散歩に出かけた。帰ったのは3時半だった。30分ほど朝から残っていたサンドイッチを齧っていたが、4時ごろは勉強を再開した。だが1時間も続けられなかった。何度も同じところを読んでいるのに意味が理解できない状態だった。ぼうっとすると、遂に後何ページが残っているのかをチェックして、酷く滅入ってしまった。


糞。


時間が欲しい。


勉強していると遂に色々なことを思い出してしまう。忘れたこと、忘れようとしたことが次々と掘り出されるみたいにやってくる。1時間に3回ぐらい(数えていた訳じゃないが、多分そのぐらい)、嫌な記憶が水面上に浮かぶ泡みたいにやってくる。まるで人生の反省会みたいだ。記憶が頭の中で再生し始めたら、書くのを止めて、姿勢をそのままでじっとそれについて考えて、そして数秒が経ってからいつも同じ結論に至る。俺は全くの馬鹿だ、と。あの時は黙ればよかったのに、という結論もしばしば下す。きっと俺はもっと黙るべきだろう。でも今更そんなことが分かってもどう仕様もない。頭を振って、集中し直す。俺はもう1ヶ月近く殆ど誰とも口を利いていない。ある意味では、これは世界への弁償かもしれない。


でもそれはそれで別に構わない。仕方がない、馬鹿なんだから。悔しいなら失敗から学んで、少しでも向上しろ。進化しろ。単細胞からいきなり類人猿にまでは行かないだろうけど、でもとにかく進め、馬鹿。


でもそれとは別に、本当に苛立たせるのは、勉強の調子は遅すぎることだ。身を振り絞って精一杯で毎日やり続けても、いい成績は保障できない。時間さえあれば何だってできるという自信がある。何千万年、何億年もあれば料理だってできるようになれるかもしれない。とにかく一つの可能性なんだ。でも残念ながら肝心なその時間がない。疲れるにつれて頭の回転が減速する。その怠け者の自分に対して腹が立つ。


糞。


結局6時に手を上げた。夕焼けを見にマイ跨線橋まで行って、それからまた散歩した。散歩しながら「罪と罰」のオーディオブックをiPodで聴いた。日本語のリスニングに関して些か自信はあるし、勉強として効果があるかどうかは微妙だが、とにかく頑張っている振りをしてみたかった。


他人は知らないが、自分を騙すことはできないぞ。


糞。

湿気


5.13.05

たまに「風の歌を聴け」を手に取ってぱらぱらめくり、適当なページを選んで読んでみる。そしていつも同じところで涙する。何故泣くのか、その理由がよく分からない。ただ泣きたいだけで、あるページを合図に反射的に涙腺が緩んでしまうかもしれない。あるいは下手な日本語で内容がちゃんと理解できていないかもしれない。分からない。俺はよく泣くのだから、その理由をいちいち気にしていられない。忙しい人生だ。


この間「街」を見つけたんだ。実際に存在する街なんだ。ジェイズ・バーだってある。海も防波堤もある。あそこがとても気持ちが良くて、気候も俺の好みだ。できればもっとあそこにいたかった。でもそれが「街」だということに気付いたのは少し遅すぎた。それに俺も俺なりにやることがあったから、あそこには長くいられなかった。そして今は東京にいる。やることもまだ残っている。冷蔵庫の電源を切らなきゃいけないし、ガス栓を閉めなきゃいけない。簡単には手が話せない。忙しい人生だ。


あそこに留学するのも悪くないかもしれない。綺麗に日焼けして四年を過ごすのだ。ハードな修行をしたり海岸沿いの道を散歩したり、そして週に一回ぐらいジェイに会って話をする。バーカウンターで美味しいお酒を飲みながら本を読む。夢のような話だ。試験が終わったらそれについてゆっくりと考えてみよう。